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德寿宮

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德寿宫
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住所

ソウル特別市 中区 世宗大路 99(貞洞)

問合わせ

德寿宫:+82-2-771-9951

徳寿宮文化財案内:+82-2-771-9955

ホームページ

http://jpn.cha.go.kr/ (日本語)

概要

ソウルの中心地に位置する徳寿宮(トクスグン)は、朝鮮時代に成宗(1469-1494)の兄である月山大君(1454-1488)の住まいだったところです。徳寿宮が宮殿としての顔を持つようになったのは、光海君(1575-1641)が即位し、1611年に「慶運宮」と名付けてからのことで、その後名前を「徳寿宮」と直したという経緯があります。
徳寿宮の入り口である大漢門を入ると禁川があり、王の駕籠が渡れるほどの幅の禁川橋があります。

中和殿
法殿である中和殿は、長い歴史を物語るような古風な建物です。内部の天井には2匹の龍が描かれていますが、この爪の数は7本となっています。これは、中国、韓国を問わず多くの龍の爪は5本で王をあらわしているのに対し、7つは皇帝を象徴するという意味を持っています(※中和殿は土・日9:00~16:00まで開放)。

即祚堂
即祚堂は光海君と仁祖(1595-1649)が即位式を行った場所です。即祚堂の扁額は、高宗が1905年に皇帝に即位した後、自ら書いたものです。

咸寧殿
咸寧殿は高宗の寝殿です。「咸寧」という名前は、高宗が国の平安を祈願して付けられた名前で、中心を境に東側は皇帝の部屋、西側は皇后の部屋になっています。

静観軒
静観軒は1900年に建てられた初の西洋式建物で、ここで高宗がコーヒーを飲みながら余暇を楽しんだと言われています。裏側には、ロシア公園に通じていた狭く長い秘密地下通路が今も残っています。

石造殿
石造殿は静観軒とともに現在、慶運宮に残っている西洋式建物で、英国人が英国の資材で建設を進める中、1905年に日本に主導権が渡り1910年に完成したという経緯があります。そして高宗が他界した後、石造殿は日本美術品の展示館として一般に公開され、1946年5月には米ソ共同委員会がここで開かれるなど意義深い場所でもあります。

重明殿
重明殿はロシアの建築家Seredin Sabatinの設計によるもので、1897年から1901年にかけて建設された皇室図書館です。2階建ての西洋式の建物で、はじめは漱玉軒と呼ばれていました。2009年12月に復元が完成し、2010年8月から展示館として一般公開されています。
重明殿の観覧に関するお問い合わせ +82-2-732-7524
平日:午前中は自由観覧、13:00、14:00、15:00、16:00(午後の観覧は事前にインターネット予約)
週末:10:00、11:00、13:00、14:00、15:00、16:00(週末の観覧は事前にインターネット予約)

地域間のアクセス

  • ソウルメトロ「市庁駅」(1号線・2番出口/2号線・12番出口)から徒歩2~5分程度
  • バス:市庁のバス停で下車、徒歩2~5分程度
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