朝鮮王陵

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住所

ソウル近郊

問合わせ

+82-1600-0064

ホームページ

http://cha.go.kr/

概要

朝鮮時代(1392~1910)に119基の朝鮮王族の墓が造成されましたが、これらの墓は被葬者の身分によって、陵、園、墓に区別されており、このうち40基が王と王妃の陵です(2基の陵は北朝鮮にある)。王と王妃の陵は単独または群落を成して造築され、1408年に最初の陵が、1966年に最後の陵が造成されました。
王陵の造成は、王と王の業績を称え、王権を確認するための方法で、先王の霊を悪の気から守ると同時に簡単に破壊されるのを防ぐ目的があります。王陵は、後王の庇護のもと、亡くなった先王がまた異なる人生を生きるための神聖な空間なのです。

朝鮮王陵を理解するには、三つのポイントがあります。一つ目は陵域の地形と構成、二つ目が封墳の類型、陵の付属建物と陵ごとに特色ある「石物(石の造形物)」の美的特性、三つ目は祭礼と陵の造成過程を示す記録物です。
朝鮮時代には風水思想によって陵の立地が決められましたが、主にソウルの中心を流れる漢江の南と北の山脈にそって形成された、自然景観の優れた地域が選ばれました。陵域の核心空間である封墳は、「莎草地(丘)」の中央に位置し、封墳の背面はふさがれ、前面は水と(理想的な場合には)幾つも重なった山脈に面しています。

陵域は進入空間、祭礼空間、陵寝空間に区分
「玄宮」は縁起のよい気が集中している場所に位置し、その上に封墳を作ることで気が漏れないようにし、玄宮の後ろには「曲墻」と低い丘があり、玄宮の気運をさらに高めています。王陵は三つの空間で構成されていますが、陵寝空間のほかに祭礼空間と進入空間があり、それぞれの空間には異なる意味と機能があります。陵寝空間は亡くなった者の居場所で、広い莎草地と陵寝空間を「丁字閣」で繋ぐ「神道」があります。「丁字閣」は祭礼空間の中心で、生きている者と死んだ者との出会いを意味する祭礼が行われる場所です。また丁字閣は、「参道」を通じて陵域の入り口である「紅箭門」と繋がっています。進入空間は、紅箭門の外にある空間で、ここには「禁川」と「禁川橋」、「斎室」とその他の祭礼準備の建物があります。生きている者と死んだ者の区別は、「参道」と「神道」の機能の違いにさらに明確に現れています。「参道」は紅箭門と丁字閣を繋ぐ場所で、生きている者と死んだ者が共に使う一方で、「神道」は丁字閣と封墳を繋ぐ場所で、死んだ者だけが使います。

無形遺産と記録遺産としての価値がある朝鮮王陵
空間構成は主に儒教の儀礼によりますが、陵ごとに封墳の形が異なります。封墳の形態は次のように区別されます。
▶単陵
▶双陵
▶三連陵
▶合葬陵
▶同原異岡陵
▶同原上下封陵

封墳のみならず、付属建物も王陵の重要な要素です。「丁字閣」は、「神主(位牌)」を祀り祭礼を行う場所です。
「碑閣」は墓碑を祀り保護する場所で、「水刺間」は祭礼の食事を用意する場所です。「守僕房」は丁字閣の東南側、水刺間の向かい側にあります。南側先端部分の、参道が始まる部分にある「紅箭門」は、神聖な空間に入ることを告げています。「斎室」は、祭器を保管し、祭礼に関する全般的な準備を行う場所です。
朝鮮王陵には多様な「石物」があります。動物像と人物像からなる石物は、封墳周辺と前方にあり、死んだ者の冥福を祈ります。
上界に位置する封墳周辺を12面の「屏風石」が囲み、封墳を保護すると同時に、装飾機能も果たしています。「欄干石」は屏風石から少し離れたところで封墳を囲み、欄干石の外に「石羊」と「石虎」が外側を向いて立っています。石羊、石虎から少し離れて三面からなる「曲墻」があり、封墳の前側は開いています。曲墻が開いている面の封墳の前には、魂が出てきて遊べるように置かれた「魂遊石」があります。魂遊石の左右には「望柱石」があります。中界には4角か8角で構成された「長明燈」があり、長明燈の左右に「文人石」一双と「石馬」があります。下界には「武人石」一双と「石馬」があります。

朝鮮王陵の祭礼は、神聖な儀式です。王陵祭礼は、朝鮮後期と大韓帝国まで(19世紀後半~20世紀初め)行われていました。日帝の統治と韓国戦争で中断された王陵祭礼は、その後、朝鮮王陵儀礼保存の一環として復活しました。王陵の場所は主にソウルから近い場所に決められましたが、これは後に王たちが先王の陵を頻繁に参拝しようとした孝行心によるものです。

朝鮮時代には二種類の儀礼がありました。一つは凶礼で、もう一つは吉礼です。 その凶礼を行う過程で王陵が造成されました。祭礼方式を扱った本に『五礼』がありますが、『五礼』の法則は二冊の本で具体化されています。一つは『成宗実録』の『五礼』、もう一つは成宗の時に発刊された『国朝五礼儀』です。先王の葬礼を行う際、後王は本の法則に忠実に従いました。
『成宗実録』の『五礼』や『国朝五礼儀』のほかにも、王室の学者らは実録、儀軌、陵地などを通じて王家の神聖さを拡大し、先王の業績を祀ることに努めました。

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